パニック症は、突然、何ら原因もなく、発作的に心臓がドキドキし、胸の圧迫感、息苦しさなどが出現し、不安を繰り返す特徴があります。
体の異常を感じ、死の恐怖、自分を制御できなくなるという恐怖、本来の自分でないような非現実感などの発作が出現します。以前は心臓神経症、過換気症候群、自立神経失調症、不安神経症として扱われていました。米国の資料によると、20~40歳代の女性に多く、男性の2倍程です。この病気は神経科領域では、うつ病に並んで高い頻度で出現し、100人のうち約1.5~2人にみられます。
消化器症状として、物が飲み込みにくい、吐気、下痢など、神経症状ではめまい、ふらつき、ふるえ、しびれ感などがみられます。その他、異常に汗がでる、体のほてりや冷えなど多彩な症状が出現します。一度、発作が出現すると、また、発作が起こるのではという予期不安が現れます。また、一人で外出できない、電車や車に乗れないといった“空間恐怖”が約6割の人にみられます。さらに、うつ病が合併したり、不安や恐怖感から逃れるため、アルコ-ル依存症に陥ることも少なくありません。適切な薬物治療が早期になされれば必ずよくなります。
パニック症の発現はストレスや日常の切実な出来事と関係があると言われていますが、発作そのものは何らの誘因や状況因がなく、予期せぬ時に、突然、体の症状が不安発作とともに生じ、これを反復するのが特徴です。
患者の多くは元来、明るく社交的で仕事熱心な人で、まじめで良心的で人当たりがよく、癖のないごく普通の人柄であるような印象があります。一方で、神経質、情緒不安定で、内向的な性格が多いという報告もあります。 小児期に親との死別体験や生き別れ体験をもつものや親から分離することに極度の不安を抱いた人は成人になってからパニック症になりやすいと言われています。
家族研究によると、この病気の2人に1人が家族の者にも同じ病気にかかっていることから遺伝素因も指摘されております。また、パニック症の家族にうつ病、アルコール依存症、恐怖症の患者が多いことからそれぞれ密接な関係があり、同じ遺伝的素質の表現型の違いに過ぎないとも言われています。
脳の神経学的には神経細胞が集まっている脳内の青斑核(せいはんかく)とよばれる部分が健常な人に比べ過敏な状態になっているため、身体発作や不安発作が起こるのではないかと考えられています。ノルアドレナリン、セロトニン、ギャバ、アデノシンといった神経伝達物質に異常が存在する可能性が指摘されています。これは抗うつ剤や抗不安剤がよく効くことからも裏づけされます。
パニック発作が起こりやすい物質で一番よく知られているものは乳酸です。不安発作が出現する人は運動後の乳酸が極度に増加することがわかっています。このような人は、運動そのものでも発作が起こり得ます。また、カフェイン、煙草のニコチン、炭酸ガス、過労、換気の悪い場所などが発作を起こす誘因になりやすいと言われています。カフェインはコーヒー、紅茶、コーラ、チョコレートや清涼飲料水などに含まれています。これらの誘発物質の摂取はなるべく制限したほうがよいと思われます。
パニック症には第一選択薬として抗うつ剤(SSRI:セロトニン選択的再取り込み阻害薬やイミプラミン)や抗不安剤(アルプラゾラム)が効果的で安全なものとして使用されます。抑うつ症状がなくても抗うつ剤が有効です。発作、不安や恐怖感を鎮めることが目的です。薬だけで十分な効果の得られない患者さんには種々の補助的な治療法が行われます。
薬を併用しながら不安を引き起こすような状況に患者さんが慣れてもらうようにする暴露療法があります。少しずつ慣れていき、本当は危険がないことを自らを学習してもらうのです。そうすると不安は少しずつ軽減していきます。
また、不安が起こる状況や恐怖に慣れるように苦痛が少ないものから最大のものまで順位をつけて段階的なプログラムを作り実行することで自信を取り戻していく行動療法があります。その他、認知療法、弛緩訓練法や自律訓練法が効果的です。
パニック症は発作が繰り返されることにより、治療が長引くことがあります。パニック症と診断されるまで10ヶ所以上の病院を転々とすることも珍しくありません。早期治療のためには、病気に対する正しい認識を高めることが重要です。
パニック発作に対する認知モデルの仮説に基づいた心理学的治療法です。薬物療法と同等の効果が期待できる治療法です。パニック症だけでなく、うつやその他の精神障害にも幅広く適応されています。 パニック症に対する認知モデルは次の様に説明されます。まず、発作の引き金になる刺激(例えば電車に乗るなど)に対して、脅威(危険)を感じ不安が高まってくると、身体感覚の変化(動悸・呼吸困難など)が生じます。この身体感覚に対して「心臓発作を起こしかけている」「窒息死する」など、「症状が進んでいって生命の危機に至る」イメージ(誤って破局的に解釈する)が頭の中で自動的に浮かんできます(自動思考)。それによって、さらなる危機感が生じ不安が増悪し、身体症状が繰り返されるといった悪循環が生じるのです。 この悪循環に対して、思考記録表と呼ばれる記録用紙を用います。具体的には、破局的解釈を含む自動思考に対して、そう考えた理由(根拠)とその内容と矛盾する事実(反証)を立てることによって、より現実的で役に立つバランスの良い考え方(適応的思考)を導き出します(表1.)。この方法により不安や恐怖感を軽減しパニック発作の進行を予防していきます。
1.状況 | 土曜の晩、飛行機の機内で離陸を待っている |
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2.気分 | 恐怖(98%) |
3.自動思考 |
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4.根拠 |
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5.反証 |
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6.適応的思考 |
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7.今の気分 | 恐怖(25%) |
Greenbergerら、2001より改変引用
行動療法の中心となる治療です。広場恐怖(恐怖症性回避)を引き起こす場所・場面に対して、実際直面する事(外的エクスポージャー)により、不安や恐怖感に徐々に慣れてもらう方法と、深呼吸や足踏みジョギング等を患者に促す事で「擬似パニック発作」を誘発する方法(内受容性エクスポージャー)があります。
不安場面に直面すると、一時的に強い不安を経験しますが、最終的には安全な状態に落ち着いていきます。慣れにより次回からは同じ場面に対して不安や恐怖感が軽減し少しずつ自信がついていきます。実際、場面によって生じる不安や恐怖感の程度が異なるので、患者に不安を感じる場面をリストアップしてもらいます。
次にそれらを不安度の強いものから弱いものへと並べ変え一覧表(不安階層表)を作成してもらいます。もっとも強い不安を感じる場面を100点とし、不安を感じない状態を0点としてすべての場面に対して評点します(表2)。
一般的には中等度の不安場面(SUD40〜50点程度)から練習し、徐々にSUDが高い場面へチャレンジしていくと効果的と言われています。SUDが高い場面に向き合うに当たって、配偶者やパートナー、友人の支えが力になることもあります。曝露療法の治療効果としては、89%でパニック発作が消失したとの報告もあり、薬物療法と同等の効果がある事がわかっています。
場面 | SUD |
---|---|
自宅で夕食後くつろいでいる | 0 |
高層ビルのエレベーターに乗る | 10 |
歯医者に行く | 20 |
理髪店で散髪をする | 30 |
妻と私鉄電車(各駅停車)に約30分間乗車する | 30 |
妻と地下鉄に約20分間乗る | 40 |
自家用車で高速道路を運転する | 45 |
妻と私鉄電車(急行電車)に約30分間乗車する | 50 |
妻と映画を観る | 60 |
自家用車の運転中渋滞に巻き込まれる | 70 |
一人で私鉄電車(各駅停車)に約30分間乗車する | 70 |
一人で私鉄電車(急行電車)に約30分間乗車する | 80 |
一人で映画を観る | 90 |
飛行機(国内線)に乗る | 100 |
坂野雄二ら,2001より改変引用